大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(う)98号 判決

一 関東信越地区麻薬取締官事務所の浦上取締官ら数名は、被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件に基づき、被告人らが出入りし管理している原判決ヌウボービル二階二三号室高山事務所及び被告人の着衣所持品についての各捜索差押許可状の発付を得て、その捜索を実施するため昭和五五年四月一八日午後六時三〇分ころ右ヌウボービルに赴いたこと、しかし同ビル二階の高山事務所には人のいる気配がなかったので、浦上取締官らは付近を探していたところ、近くのパチンコ店で被告人を見かけてこれを尾行し、同人が高山事務所に入ったのを確認して同ビル出入口付近に待機していたこと、同日午後七時五〇分ころ被告人が高島伸次と共に右ビル出入口から外に出て、六、七メートルほど歩きかけた際、浦上、米山両取締官が被告人に声をかけ、「麻薬取締官だ、事務所の捜索に来た」と告げると、被告人が逃走しようとしたため、浦上らは被告人を捜索差押に立会わせる目的でその両腕を両脇から抱え込み、被告人はこれをほどこうとしてもみ合いになったこと、右もみ合いの最中被告人は近くにいた男に事務所の鍵を投げ、「斉藤を呼んで来い」と叫んだりしたこと、続いて浦上、米山は被告人をその場の民家の近くに寄せ、「覚せい剤の事案で事務所の捜索令状が出ているから来い」と言い、同所で被告人に高山事務所の捜索差押許可状を示したこと、しかし、被告人は「なんでおれが事務所に行かなければならないのか」などと言って暴れ、同行を拒否する態度を示したので、浦上ら数名の取締官らは被告人の両腕を抱え持ち上げるようにして同所から前記ビル二階の高山事務所まで連行したこと、浦上取締官らは、前記被告人の投げた鍵を用いて被告人と共に事務所に入り、被告人に前記捜索差押許可状を再度呈示したうえ捜索を開始し、事務所内の机の上にあった紙袋の中から覚せい剤らしいものが入ったビニール袋を発見し、これに予試験を実施した結果覚せい剤の反応がみられたので、午後八時ころ被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕したうえ、本件覚せい剤を含む各種証拠物件を差押えたこと、以上のような経過事実が記録上明らかである。

右事実によつてみれば、被告人は、本件捜索差押の基礎となる覚せい剤取締法違反事件の被疑者であり、捜索の対象場所である高山事務所の看守者でもあり、被告人自身の着衣、所持品も捜索の対象となつていたのであるから、麻薬取締官(麻薬取締法五四条五項により司法警察員としての職務を行うものである)らが被告人に対し高山事務所までの同行、捜索差押についての立会を求めたことは、刑訴法二一八条一項、二二二条一項、六項、一一四条二項等の諸規定に照らし正当であつたといわなければならない。そして、被告人も右の諸規定により麻薬取締官の求めに応じて同行、立会をすべき法律上の義務があつたというべきである。しかし、憲法三三条が人の逮捕について令状主義の大原則を定め、これをうけて刑訴法が一九七条一項但書、一九八条一項但書、一九九条以下のような諸規定を置いている趣旨からすれば、前記刑訴法二二二条六項、一一四条二項の規定によつても、不拘束の被疑者を強制的に連行し捜索差押に立会わせることは許されないものと解すべきであり、本件において麻薬取締官らが被告人をヌウボービル出入口近くの路上から同ビル二階高山事務所まで前記のように強制的に連行し捜索差押に立会わせたのは違法な行為であつたといわざるを得ない。そして、被告人の立会がなければ、他の立会人を置かないかぎり、適法に本件の捜索差押を実施することができなかつたのであるから、本件覚せい剤の押収手続の一部には違法な点があつたといわなければならず、その点からして、本件覚せい剤は違法に収集された証拠ということもできる。しかしながら、収集手続に違法がある証拠物であつても、その証拠能力を直ちに否定すべきではなく、その違法の程度が相当重大なものである場合にかぎりその証拠能力を否定すべきものと解されるところ(最高裁判所昭和五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)、(イ)本件においては、前記のように適法に発付された捜索差押許可状があり、被告人の立会がなくとも、他の立会人を置くことにより適法に捜索差押を実施することができたものであること、(ロ)前記のとおり、麻薬取締官らが被告人に同行、立会を求めたこと自体は法律上正当なものであつたこと、(ハ)麻薬取締官らの強制的連行は、距離的には約一〇メートル程度であり、時間にして数分程度のものであつたこと、(ニ)麻薬取締官らは、本件覚せい剤を事務所内の机の上で発見したものであつて、被告人がその所在場所を指示したものではないこと等の諸点からすれば、本件覚せい剤の押収手続における違法の程度は、右覚せい剤の証拠能力を失わせるほど重大なものではないというべきである。原判決が本件覚せい剤の証拠能力を肯定したのは、その理由においてはともかく、結論としては正当というべきであり、右覚せい剤を証拠として採用した原審の措置になんら違法はない。

二 原判決は、判示第一の事実についての証拠として関東信越地区麻薬取締官事務所鑑定官田中修光作成の昭和五五年四月二四日付鑑定書を掲げているところ、右鑑定書は、被告人が句留中に任意提出した尿についてその成分を鑑定したものであること、被告人の勾留は、前記一に記載したような経緯により覚せい剤不法所持の現行犯として逮捕されたことに引続くものであることが証拠上明らかである。そして、右現行犯逮捕の直前において違法な強制的連行行為があつたと認められることも、一において既に述べたとおりである。しかし、右違法な連行行為があつたからといつて、その後の現行犯逮捕、勾留、勾留中の尿の任意提出、その尿の鑑定等のすべてを直ちに違法、無効とすることはできない。先行行為の違法が後の手続にどのような影響を及ぼすかは、その違法の程度、内容その他諸般の情況を総合的に考慮し、個別的、具体的に決すべき問題である。本件の場合についてみると、違法な連行行為により被告人を事務所の捜索に立会わせた結果、前記のように本件覚せい剤を押収し、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕したものであるから、右現行犯逮捕の適法性については疑いを抱くべき余地があり、ひいては引続きなされた勾留の適法性についても疑問がないわけではない。しかしながら、本件における麻薬取締官らの連行行為ならびに覚せい剤の押収については、前記一の(イ)ないし(ニ)に挙げたような事情が認められること、原判決が弁護人の主張に対する判断において説示しているように、被告人については、麻薬取締官らの連行行為の時点において緊急逮捕の要件が備わつていたと認められる余地があること、麻薬取締官は右連行行為の時点から四八時間以内に検察官に本件を送致し、検察官は右送致をうけた後二四時間以内に勾留請求をしており、右請求をうけた裁判官は、現行犯人逮捕手続書等の関係書類を検討し被告人の陳述を聴くなどしたうえ、勾留の要件ありとして被告人に対する勾留状を発したものとみられること、以上のような諸点を総合考慮すれば、本件の捜査段階における被告人の勾留を違法、無効とみるべき理由はなく、従つて右勾留中における尿の任意提出、その鑑定結果を違法、無効とすべき理由も全くないといわなければならない。これと同旨の結論に出た原判決の判断は相当である。そして、前記田中修光作成の鑑定書については、その作成者である田中修光が原審公判廷において証人として尋問をうけ、真正に作成したものであることを述べている以上、その証拠能力を肯定すべきこと当然である。

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